「生成AIを業務で活用したいが、著作権侵害のリスクが心配で踏み切れない」「既存の著作物に類似したコンテンツが生成されてしまったらどうしよう」このような悩みを抱える企業担当者は多いのではないでしょうか。
実際に、生成AIの急速な普及により、著作権をめぐる新たな問題が数多く浮上しています。しかし、正しい法的知識と適切な対策を講じることで、企業は安全にAIの恩恵を享受することができます。
この記事では、文化庁の最新ガイドラインや実際の事例をもとに、生成AIと著作権の関係を分かりやすく解説し、企業が実践すべき具体的な対策をご紹介します。記事を読むことで、法的リスクを回避しながら生成AIを効果的に活用するための知識が身につくでしょう。
生成AIと著作権の基本的な関係性
著作権法における生成AIの位置づけ
日本の著作権法では、「思想又は感情を創作的に表現したもので、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」が著作物として保護されます。この定義において重要なのは、創作の主体が人間であることが前提とされている点です。
現行法では、AIが完全に自動で作成した作品には著作権が発生しません。これは、創作性が人間に帰属しないためです。ただし、人間がAIを道具として使用し、創作的な関与がある場合は、その程度によって著作物性が認められる可能性があります。
生成AIをめぐる3つの段階と著作権
生成AIと著作権の問題は、以下の3つの段階で考える必要があります:
1. 開発・学習段階
AIの学習のために既存の著作物を利用する段階です。文化庁の考え方によると、著作権法第30条の4により、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」として、原則的に適法とされています。
2. 生成・利用段階
AIを使用してコンテンツを生成する段階です。この段階で既存の著作物に類似したものが生成される場合、著作権侵害のリスクが生じます。
3. 商用利用段階
生成されたコンテンツを商業的に利用する段階です。著作権侵害の成否は、「類似性」と「依拠性」によって判断されます。
著作権侵害となる3つのパターン
パターン1:学習段階での不適切な利用
AIの学習段階では原則的に適法とされていますが、以下の場合は例外的に著作権侵害となる可能性があります:
- 著作権者の利益を不当に害する場合:特定の著作者の作品のみを大量に学習させ、その作風を模倣するAIを開発する場合
- 海賊版サイトからの学習:明らかに違法にアップロードされた著作物を学習データとして使用する場合
パターン2:既存著作物の実質的再現
生成AIが既存の著作物と実質的に同一のコンテンツを出力する場合です。2024年に中国の画像生成AIがウルトラマンそっくりの画像を生成し問題となった事例がこれに該当します。
このパターンの特徴:
- 既存キャラクターの外観をそのまま再現
- 著名な楽曲のメロディーをほぼ同一に生成
- 既存イラストの構図やデザインを完全模倣
パターン3:権利者の経済的利益を害する利用
生成AIの出力物が、既存の著作物と代替関係に立ち、権利者の経済的利益を害する場合です。ニューヨーク・タイムズがOpenAIを訴訟した事例では、同社の記事が学習され、類似の記事が生成されることで、オリジナルの記事の価値が損なわれるとの主張がなされています。
文化庁が示す法的な考え方とガイドライン
「AIと著作権に関する考え方について」の要点
2024年3月、文化庁は「AIと著作権に関する考え方について」を公表し、生成AIと著作権の関係を明確化しました。
重要なポイント:
- 学習段階の適法性:AIの学習目的での著作物利用は、原則として著作権法第30条の4により適法
- 享受目的の重要性:著作物の思想・感情を享受する目的がない限り、学習利用は許可される
- 生成段階での注意:既存著作物に類似した出力をする場合は著作権侵害のリスクあり
判断基準となる「類似性」と「依拠性」
著作権侵害の成否は、以下の2つの要件で判断されます:
類似性:生成物と既存著作物が似ているかどうか
- 表現上の本質的特徴が共通している
- 創作的表現部分の類似性がある
依拠性:既存著作物を参考にしたかどうか
- 学習データに含まれていた場合、依拠性が推定される可能性
- プロンプトで特定の作品を指定した場合は依拠性が認められやすい
企業が実践すべき5つの著作権対策
対策1:利用範囲の明確化と制限
生成AIの利用範囲を明確に定め、リスクの高い用途を制限することが重要です。
推奨される制限事項:
- 特定のクリエイターや作品名を指定したプロンプトの禁止
- 既存キャラクターの再現を意図した利用の禁止
- 商用利用前の事前チェック体制の構築
実際に、多くの企業が社内ガイドラインを策定し、「著作権侵害のリスクが高い利用パターン」を明文化しています。
対策2:学習データの透明性確保
利用する生成AIサービスの学習データについて、可能な限り透明性を確保することが重要です。
確認すべきポイント:
- 学習データの収集方法と出典
- 著作権侵害対策の有無
- オプトアウト機能の提供状況
OpenAI、Stability AI、Anthropicなどの主要AI企業は、学習データの適法性について説明資料を公開しており、これらを参考に安全性を評価できます。
対策3:生成物の事前チェック体制
生成されたコンテンツを商用利用する前に、著作権侵害の可能性をチェックする体制を構築します。
チェック項目:
- 既存著作物との類似性確認
- 特定の作風やキャラクターとの類似度
- 商標権侵害の可能性
一部の企業では、AI生成物専用の類似度チェックツールを導入し、自動的にリスク評価を行う仕組みを導入しています。
対策4:契約・ライセンス管理の強化
AI生成物の利用において、適切な契約関係を構築することが重要です。
検討すべき契約条項:
- AI生成物の著作権帰属に関する規定
- 著作権侵害が発生した場合の責任分担
- 第三者からクレームがあった場合の対応手順
特に、クライアント向けのコンテンツ制作にAIを利用する場合は、事前の合意形成が不可欠です。
対策5:継続的な情報収集と体制更新
生成AIをめぐる法的環境は急速に変化しているため、継続的な情報収集が必要です。
注視すべき情報源:
- 文化庁の最新ガイドライン
- 著作権侵害に関する判例
- 海外の規制動向
2025年には、EUのAI規制法が本格施行される予定で、グローバル企業には新たな対応が求められます。
今後の法改正動向と注意点
2025年施行予定のAI新法
2025年6月に公布されたAI新法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)により、AI開発・利用に関する新たな枠組みが整備されます。
この法律により、AI開発事業者には以下の責務が課される可能性があります:
- 適切な学習データの管理
- 著作権侵害防止策の実施
- 透明性のある情報開示
国際的な規制動向
米国では2024年以降、生成AIによる著作物の無断使用に対する規制強化が進んでいます。特に、エンターテインメント業界では俳優の肖像・声・演技をAIで再現することへの規制が検討されています。
日本企業も、グローバル展開を視野に入れた場合、これらの国際的な動向を踏まえた対策が必要です。
企業が備えるべき将来の変化
今後予想される変化と対応策:
短期的変化(1-2年):
- より詳細なガイドラインの策定
- 判例の蓄積による法的基準の明確化
- AI事業者による自主規制の強化
中長期的変化(3-5年):
- 著作権法の改正
- AI生成物の著作権保護に関する新制度
- 国際的な統一基準の策定
まとめ
生成AIと著作権の関係は複雑ですが、正しい理解と適切な対策により、企業は安全にAI技術を活用できます。重要なのは、文化庁のガイドラインを基軸とし、利用範囲の明確化、事前チェック体制の構築、継続的な情報収集を行うことです。
法的リスクを恐れてAI活用を避けるのではなく、適切な知識と対策を身につけることで、デジタル時代の競争力を向上させることが可能になります。今後の法改正動向も注視しながら、柔軟で実効性のある著作権対策を実践していきましょう。